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2度目の離婚と初めての調停!法テラスと弁護士に相談

2018/08/10 18:54:15 | 未分類 | コメント:0件

39歳アラホー独居のバツ2オトコの離婚話です。

最初の結婚は23歳のときでした。
工場へ期間契約で派遣され、後輩として入ってきたM(19)でした。地元が同じという事で意気投合し、食事に行ったりしているうちに、付き合う事になり、できちゃった婚。
Mの両親との顔合わせもして、私の実家アパートの隣が空いていたので、そこを借りて新生活を始めましたが、妊娠8か月のときに離婚話がでまして…。
その理由が『もっと遊びたい。このまま子供を産みたくない』とのこと。結婚はままごとじゃないよとか説得を試みましたが、若さでしょうか、まだ遊びたいの一点張りで、離婚する事で話はまとまりまして。
その時は弁 護 士に相談する事はなかったのですが、子供を私が引き取ることで協議離婚成立でしたので、出産・出生届をだすまで、離婚届けは出せずでした。

その後、それなりに彼女もできましたが、長くは続かず…。
32歳の時、事故で身体障害者となりまして。そんな中、障害者ということで知り合ったY(21)と付き合う事になり、Yの浮気などありましたが、こちらもできちゃった婚となりまして。
Yも私も障害者ですので、金銭的に不安が大きい中、私は障害者就労支援事業所を辞め、一般企業へ契約社員として就職したのですが、研修が終わるころ、Yが検診に行っている病院からメールが。
「このまま入院して、陣痛促進剤使って産むことになった」

えっ?ですよ。
仕事中ではありましたが、もう少しで退社でしたので、会社からそのまま病院へ。
今すぐというような感じではなかったので、翌日、出勤前に差し入れを持って病院へ行くと、すでに出産を始めておりまして、Yの両親に電話し来てもらいました。
私はその日、仕事を休み付き添い。
Yは両親と折合いが悪く、精神障害、発達障害など重複障害者でもありまして、その事で、病院と話し合いとなりました。
退院後、どうするのか?という議題で開始。
両親と折合いが悪いので、里帰りもしたくない、というのがYの言い分で、私がたまたま福祉の情報に明るく、その辺は大丈夫ですよ。ということで終了しました。
その後病室に戻るとYから『実家には帰りたくない。実家に行ったら二度とだしてもらえなくなる。あなたに一緒にいてほしい。仕事辞めて一緒にいいられないか?』とお願いされ、金銭的事情など話し合いをしましたが、この話は決着できず・・・。
悩んだ末、私は会社に事情を話し、ちょうど本契約の日だったので、そのまま契約せずに退社することに。

子供も産まれ、育児支援制度利用のため、役所や保健所などあらゆるところに奔走し、できるかぎりの育児支援を利用。
私も育児経験があるので主に私が育児をしてましたが、新米ママのための支援もあり、そのときだけは私は何もせず。
生後1ヶ月を迎えた時、夜泣きで目を覚ますと、Yの姿がない。呼んでも返事がない。とりあえずミルクをあげ、テーブルに手紙があり、子供と私への謝罪の言葉がつづられており、慌てて電話をすると警察署にいるとの事。警察の話では、包丁をもって交番に現れ、そこで一旦家に帰されたのだが、今度は警察署へ来た、との事。その日は児童相談所にYと子供が保護ということに。
翌日、2人とも戻ってきたのですが、なぜか私がDVをしているという話のようで・・・。

子供も成長し、8か月の時。
起きたら二人の姿はなく、電話しても出ない。関係各所へ電話し、探すがどこにもいない。
パニック状態で、警察へ届を出し、しばらく待つと電話のGPS機能が反応。
それで女性相談所に保護されている事が判るのですが、ここでも私はDVをしている事になったようで、しばらくして裁判所から保護命令が届きました。
弁護士をお願いする費用もなく、自分で裁判所とやりあっていましたが、Yには女性相談所がついていますし、DVの証拠として提出された資料をみると、身に覚えのないアザの写真がありました。
こちらはDVをやっていない証明ができず、それを根拠に保護命令、接見禁止命令が発令。子供とも会えなくなりました。

困っていたときに「法テラス」を紹介され、予約を取って弁護士に相談しましたが、30分ではどうしようもなく、結局自分で男性 離婚弁護士を探し、相談に行きました。

そこでは親身に話を聞いてくれまして、事務所で検討した結果、弁護を引き受けてくれることに。私が個人で裁判所とやり合ってなければよかったのですが、「正直、勝てる保証はありませんがいいですか?」との事でしたが、もう一人ではどうにもならなかったので、すがる思いでお願いしました。

担当の弁護士は若くはありましたが、後に支店の所長を任せられる方でした。
離婚調停、面会交流調停とお願いし、一緒に戦ってくれましたが、離婚調停は成立せず、裁判へ。
そこでもDVがないことを証明できず、そのまま離婚は成立。私もこれ以上は仕方ないと、離婚を受け入れ、面会交流調停へ。

そこでも調査官は私を目の敵にしており、どんどん不利な内容の報告書ばかり出来上が始末。
弁護士も尽力してくれましたが、いい結果は得られず、月に1度の面会交流のみが認められる形となりましたが、2回目の面会時にYの両親に大騒ぎされ、なぜか私が子供を連れ去る恐れがあると、一方的にしばらく面会は実施しない、という文書がYの弁護士から届きました。
私の弁護士はすでに契約を終えておりましたが、この件について一度だけ相談にのってくれましたが、調停での決定で拘束力がなく、どうしようもない。と言われ、私はあれから未だに子供と会えていません。
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